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――イルカくんよ。私は君が泳ぐ盛大な海を綺麗にしに行くのだ!先越されたといって落ち込む事はない!――
――は、はぁ?突然どうしたんだよ?――
――私は上忍になったのだ。――
――ほ、本当か!?やったなぁ!!――
――そうだ。“やった”のだ。だから私は今日から………
“海の”イルカくんを自由に動かしてやる事が出来るのだ――
::Re:mem:ber:: i
目を覚ますと自分の手をぎゅうと握ったイルカが、ベットサイドで寝息をたてていた。昨日の事をなかなか思い出せな
いでいた主人公は暫し煩わしそうな顔をしていたが「あ、そうか」とか云うと何事も無かったかの様にイルカの手を外し台
所へ向かった。
鏡のない洗面所から水を出し、顔を洗うのを寸前に握られていた手をじーっと見る。ドコドコと鳴る水道の音に何を考
えているのやら、やっと水に手を浸けた主人公はそのまま勢いよく顔を洗った。
そう云えば火影のところに報告書を持っていっていない。面倒だから暗部入りへの返事もさっさと済ませるつもりだっ
たのに、それはイルカの手に渡ったままだった。
イルカの手
やたら考える事を嫌った主人公は、とりあえず冷蔵庫を探った。
身動ぎした事で嫌な予感がしたイルカは勢いよく飛び起きた。ここにいた筈の上忍がいない。
自分に掛けられている毛布が最後の優しさってやつじゃないか!?と焦ったイルカは背中に感じた視線に安堵した。
「やぁ、イルカ先生。君は朝から騒々しいね。まぁ落ち着いて朝ごはんでも食べ給え。」
阿呆面に眠気の加わった彼女の顔はとても上忍とは思えない。更に朝ごはんと云って差し出された大きなペロペロ
キャンディーを自分の口にも咥え、飴の大きさに沿った唇があんこうの様にベロンと広がっているからしょうがない。
この人には砕いて小さくするとか、溶かして食べ易くするとかいう概念がないのか。
その顔があまりに平和だったので、イルカは深く溜息をついた。
「ふぅふぅくそぉうふぁなぁ、イルクァふぇんふぇい。ふぉーふぁないふぁふぉう?これふぃかふぉふふぁいふぁなふぁっ
たんふぁふぁふぁ」
最後の方は完全に云うのが面倒くさくなっている。
不服そうだなぁ、イルカ先生。しょうがないだろう?これしか食材がなかったんだから。と云ったのだろう。
そんな主人公にペースを崩されてしまったイルカは、渋々キャンディーを受け取った。二十五にもなってペロペロキャン
ディーだ。恥かしくて泣けてくる。
「ふぇー、イルクァふぇんふぇー」
「……口の中にあるもの取って、それから話してくれ……」
すぽんっと勢いよく出されたものに唇を切ってしまうのではないかとイルカは冷や冷やした。けれど本人はそんなの
お構いなしで続ける。
「私はもう行かなくてはならないんだ。君に構っている暇などない。」
「行くって……もう新しい任務か?」
「だから暗部の報告だと云っているだろう!イルカ先生は本当にタコだなぁ」
「暗部って………まさかお前っ」
「ならないとは云ってない」
さらっと云いのける主人公に、やっと立ち上がったイルカは口をパクパクさせて何を云おうかと躊躇した。そんなイルカを
見て主人公は何故か嬉しそうに笑う。
「なるとも云っていないだろ」
「へ?」
「報告へ行くと云っただけだ!」
「な、ならいったいどっち………」
「それよりイルカ先生。学校はいいの?」
「?・・・・・・・ち、遅刻だぁ―――!!!」
■ $ ■
自分は振り回されているんじゃないかと思う時がある。
妙に冷静な彼女だから、きっとこんな事を知ったら「君が勝手に関わっているんじゃないか」と云われてしまうのがオ
チで口になんて出来ないのだが、正にその通りだ。
主人公から貰った大きな飴は、未だイルカの口に入る事なく職員室の机の中にしまってある。さっき同僚の先生に「生徒
さんから貰ったんですか?」と笑い乍ら訊かれてしまったので「まぁそんなところです」とか云って隠したのだ。
全く大の大人にこんなものを普通に渡せてしまうのだから不思議だ。
「朝ごはん……か」
悪気があった訳ではないのだと思う。多分、子供が優しくしてくれたお兄さんに自分の大好物を分けてあげる感覚に
とても近いものだろう。
慥かあの時もそうだった。
ぐぅ~ キュルルルル……
――おなか・・・減いてるんですか?――
――え?……あ、うん………――
――じゃあ、これよかったらどうぞ――
――飴玉……?――
――そうです。ただの飴玉でも、血中の糖濃度を一時上げる事で空腹を防ぎ、集中力が高まるんです。たくさん常備
してあるのでよかったら――
――あ、ありがとう。けど……――
中忍試験の最中、班が違うイルカに彼女はそう云って飴玉をくれた事があった。
――木の葉の誇り。一緒に中忍に成ろう。
今回もダメそうだと思っていたイルカに主人公は自信を持たせてくれた。忍としてはあまり動きは良い方ではなかったけ
れど、士気が高く賢い人間だと感じさせられた。
あどけない表情に誘われて、その時イルカは夢中で自分の名を云ったのだ。
――お、俺はイルカ!海野イルカ!!一緒に中忍に成ろうな!!――
――海野……イルカさん?……いい名前ですね。イルカさん、じゃあー頑張りましょう!――
「グッジョブ!」
あの去り際の決め台詞は今でも変わらない。あれから中忍試験に無事合格して、木の葉の里に戻り、いつしか知ら
ない場所で彼女は変わってしまった。
何度も疑問に思う事はある。任務前や後に自分に会いに来ては内容については何も云わなかったり、カカシや他の
人と違って自分の事はちゃんと本来の名で呼んでくれる事とか。自分の生徒みたいで本当は凄く嬉しいのだが、今
の彼女からするとバカにされている様に聞こえなくもない。
それを考えるといちいちヘコんでいたから今ではイルカも考えない様にしている。机の中にしまわれた飴は、イルカを
また不安にさせた。もしかしたらお別れの印になってしまうのかもしれない。
彼女がこれを「だから朝ごはんだと云ったじゃないか、このタコめ!」と云ってくれるように……。
■ $ ■
その日の帰り道、イルカは大きな紙袋を持って主人公の家へ急いでいた。今日は遅刻してしまった事もあって帰りが遅く
なってしまった。
何がどうあれ、あの後の彼女の返事が「はい」か「いいえ」かを聞いておかねばならない。ここまで引き摺られて来た
のだから、イルカだって意地になっている。
アカデミーから近くも遠くもない彼女の家のドアを叩くイルカの手は、昨日と同じく酸素不足で上下に揺れていた。
返事はない。まさかと思いドアを引くと、鍵の掛かっていない主人公の部屋が暗々とイルカの前に現れた。この二ヵ月半
溜まった埃が昨日より多く立ち込める様に思える。
あれから一度も帰っていないというのだろうか。冷蔵庫を開けると、オレンジ色の光にイルカは愕然とした。膝元にあっ
た紙袋が落ちる。
――これふぃかふぉふふぁいふぁなふぁったんふぁふぁふぁ――
あれは、昨日の俺はいったい何だったんだ……!!
空の冷蔵庫を見て一気に頭が混乱する。こんな時間まで帰っていないという事は、もしかしたらもう会えないんじゃ
ないかと嫌な予感が過ぎる。
次から次に涙が溢れてしょうがない。手で押さえても収まりきらない。
そんな時だった。間抜けな声がイルカのすぐ隣でしたのは。
「あぁ慥かにな!悲しいさ!!しかし君はもっと寒いぞイルカ先生ぇぇえ!朝、食材はもうないと云ってあげた張本人
の家に、食い物荒らしに入るんだからな!!」
阿呆面におもいきり口を大きく開け、冷蔵庫を見つめる上忍はもの凄い剣幕で怒っていた。
イルカの体からは力が抜けて、その次の瞬間には主人公を強く抱きしめていた。涙を拭く事さえ忘れている。
「もうお前……本当勘弁してくれよぉ………」
「なんなのだ、君は!タコが墨を吐けない代わりに塩水を噴出したのか!ダメなタコめ!!」
その言葉とは裏腹に、主人公はそっとイルカの背中を叩いてあやした。まるで真逆な行為で情けない姿なのに、イルカに
はこの感覚を手放す事が出来ないでいた。
「君はイルカだったな。イルカは墨を吐かない。まぁ君は塩水くらいが丁度良いがな!」という主人公の声に、イルカは耳
を塞ぐ代わりに目を瞑った。
もう何を云われたって構わない。この世話のやける大きな子供を受け止めていくには、自分くらいの情けない男でい
いのだ。そう思った。
イルカは主人公の肩を押しその恍けた顔を見つめ、ふと思い出したかの様に訊いた。
「ぐずぐずだな」
「いーの!そんな事よりお前……火影様には何て返事をしたんだ?」
「返事?……“あんぶ”か!うん。あれは断ったよ。」
ニヘラと笑った主人公の両手を突然掴んだイルカは「そうか……よかった、よかった…!」と何度も繰り返した。
暗部試験に通った事を喜んだり行くなと云ったりで忙しい人間だ。主人公は握られている手を煩わしそうに見て云った。
「君は私の云った事をいちいち忘れる人間だな。私は上忍に成った時云った筈だ。君をこれから大きな海で泳がして
やると」
――イルカくんよ。私は君が泳ぐ盛大な海を綺麗にしに行くのだ!――
――“海の”イルカくんを自由に動かしてやる事が出来るのだ――
慥かに彼女はそう云った。そしてイルカはそれをしっかりと覚えている。
「忘れちゃいないよ」
「イルカ先生にしては珍しいなぁ。そうか。なら解るだろう?私は暗部になど成らなくても海を綺麗にしてやる事は出
来るのだ」
彼女は自分や他人の云った台詞を一字一句覚えているのだ。その能力は常に活かされていると思う。では、イルカ
とはじめて会った時の事も覚えているのだろうか?覚えているに違いない。
イルカはその時はじめて気付いた。自分の名前を間違えずに呼ぶのは、『海野イルカ』という名を彼女が気に入って
くれているからだと。
もう、無駄な事で悩まずに済む。
「ときにイルカ先生よ。私は腹が減ったのだが、君が虚脱した様に食料はない。バイト料が入ったので何か食べに行
かないか?」
バイト料って何だよ……。お前の任務はバイト感覚か。と呆れたイルカは、投げ出されていた紙袋をひっくり返しコト
ンコトンと何かを床に広げ出した。
棒付キャンディー、一口サイズの飴玉、袋詰めまである。全部飴だ。
それを見た主人公は不思議そうに一つ取り上げると、うえーという顔をしてイルカを見た。
「ただの飴玉でも血中の糖濃度を一時上げる事で空腹を防ぎ、集中力が高まる……んだったよな?行く前にどうだ?」
「最近の事は覚えていないくせに昔の事はよく覚えているんだなぁ、君は」
主人公は厭味を放つと拾った飴玉を口に入れて立ち上がった。半歩進み、腰を上げかけたイルカに振り向き、笑う。
「今日は奢りますよ。イルカ先生」
イルカ先生のお話はこれで一段落終ったという感じです。
選択式にしようが短編で書こうが私はこれが書きたかっただけなのです。
トホホ……と泣くイルクァせんせは私のツボです。
そんな顔を覗いてみたいです!><
……ってそんな軽快なノリで書いた訳でもないんですが、とにかく色んなものを詰め込ん
で進展させて行きたかったのでこんな感じになってしまいました;;
因みに私は棒付キャンディー大好きです!……キャンディーというよりむしろ棒が好きな
だけだと思いますが(笑)
また、別のお話で会えることを、楽しみにしています。
お付き合い、ありがとうございました。
ブラザを閉じてお戻りください。。